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釜石医師会報

No.384 令和8年6月号

シャクナゲ

五葉山の代名詞の花「シャクナゲ」。九合目の避難小屋には「石楠花(シャクナゲ)荘」の名前がつけられています。昨年7月に登った時に撮りました。以前、ご一緒した方に、葉のつき方でその年の花の咲き具合がわかる、と教えていただいたことがありますが、見事な咲き具合でした。いくつになっても、自分の体力に合わせてできるのが登山の魅力です。今年もシーズンインしました。山登りのある生活に感謝の日々です。

はまと神経内科クリニック 濱登 文寿

巻頭言

私と釜⽯医師会活動について
堀耳鼻咽喉科眼科医院 堀 晃

 S62年(1987)10⽉に眼科医である妻と堀⽿⿐咽喉科眼科医院(有床診療所)開設。開業当時釜⽯の⼈⼝は約6万⼈前後。釜⽯医師会は釜⽯市と⼤槌町の医師の団体であり医師だけでなく夫⼈達の活動も盛んであった。
 医師会の美術展・ゴルフ⼤会への夫⼈の参加。また開業医と勤務医が医師会を通じてのつながりが強く、釜⽯医師会という病院で働いている気分であった。
 医師会活動はH8年(1996)からH14年(2002)まで6年間理事。H14年 (2002)からR6年(2024)まで22年間⼩泉会⻑の元で副会⻑を仰せつかった。当時釜⽯医師会には⾦銭的な余裕がなく財政を⽴て直すため⼩泉会⻑と奔⾛した思い出がある。また県医師会の理事も2020年まで18年間。その間、常任理事でもないのに初期の頃総務会担当理事を命じられた。当時の⽯川会⻑の計らいで総務会開催を⽔曜⽇午後6時に変更していただき、2週間に1回午後4時までに外来を終わらせ県医師会会館まで⽇帰り往復した。その他に毎⽉1 回(⽔)に会計監査があり県医師会まで午後5時までいくこともあり、冬の夜の仙⼈峠越えが恐怖で⾞を外⾞の四駆に乗り換えた。今考えるとよく体を壊さずやってたと思う。その他に⼟・⽇の会議があり盛岡に出かけるのがほぼ毎週であった。
 その反⾯、医師会活動で各地域の専⾨分野の違う先⽣⽅とお話をする機会があり、曲がりなりにもいろんな知識を得られたことは私の財産になったと思い感謝している。
 2年前に副会⻑を辞め、会⻑推薦の理事として医師会に携わってきた。私なりにこの2年間はこれからの釜⽯医師会を導いてくれる若い世代への橋渡しになればと思い過ごしたが、若い先⽣⽅とお会いする機会がなく終わったことに寂しい⾯もある。今後は外から釜⽯医師会を⾒守っていきたいと思っている。

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