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釜石医師会報

No.341 平成31年4月号

緑色にライトアップされた釡石市民ホールTETTO

世界緑内障週間(3月10日から16日)中に、緑内障の啓蒙活動として2015年から緑色にライトアップするイベントが行われている。岩手県内でも各地で行われていたようだが、釡石市民ホールもライトアップ可能な施設である事よりお願いしたところ快く引き受けて頂いた。
 写真を撮ろうとしたが下から見上げてはうまく撮れない。薬師公園に夜登る元気なく、福祉センター9階で会議の時屋上に案内して頂いた。釡石の街の夜景が綺麗なことに気づいた。震災後、それまで釡石にはなかった高層ビルが建ち並び明るく浮かんで見え、その中に緑色にライトアップされた釡石市民ホールTETTOが映えている。
 新しい釡石の街がまばゆい感じでシャッターを切った。手ブレでぴんぼけだがいい写真と思っている。

堀  晃・堀 美知子

巻頭言

日本人の死生観について考える時が来ているのでしょうか
独立行政法人国立病院機構釜石病院 院長 土肥 守

 最近、県立釜石病院の市民公開講座や岩手県医師会の勤務医部会の講演会などで、自分の人生の終わり頃に、どんな生き方をしたいですか? もしくはどんな終末期医療を望みますか? という感じのテーマでいろいろな方のお話を聞く機会がありました。私の日常も終末期医療の領域が非常に多いので、大変参考になりましたが、こういった事を考えましょう、と言う内容が厚生労働省のホームページにあって、終末期医療についてご家族を話し合いしましょう、とあるものですから、医療費を節約するために取り組んでいるのか?と勘ぐられかねない感じになっております。そう勘ぐってしまうと、本当の趣旨が見えなくなってしまうので、少し考えてみたいと思います。
 そもそも、大昔の日本では、人間だけでなく、動植物の命も大切にしてきましたし、大きな石や川や池までも魂が宿ると考えて尊敬の対象にしてきました。まあ、神様も八百万いますしね。なので、平安の貴族などは、病気になると怨念や怨霊に祟られてしまったと考えて一生懸命お祓いをしておりました。江戸時代になると、漢方や蘭法が広まり、ある程度の医療は出来る様になりましたが、致命的な病気は治せず、病気のままに過ぎていくしかありませんでした。
 明治時代になると西洋医学が広く行われるようになり、外科治療や薬物治療も進歩しましたが、岩手県のへき地では医者にかかるのは一生に二度だけ、出生証明書を出してもらう時と死亡診断書を書いてもらう時、などという状況も長く続きました。国民みんなが広く医療を受けられるようになったのは、国民皆保険制度がうまく機能したからで、おかげで平均寿命や健康寿命は飛躍的に延びました。その結果もあってか、現在百才以上の方は約7万人もおられて(そのうち88%が女性で、最高齢は117才です)高齢の方の人数は、日に日に増える一方です。
 やっとの事で、平等に医療を受けられるようになったのは良いのですが、医療の乏しい頃から、受けられる医療は全て受けさせてあげたい、身内からすれば、どんな状態でも構わないので、出来る限りの手を尽くして生かして欲しい、という死生観だった訳です。しかし、医学の進歩と共に、一般の人が思うよりもずっといろいろな手段での延命?も可能ですし、自宅で人工呼吸器を付けて生きている人も多い時代になってきました。本人に意識がない時には家族が意思決定するのですが、核家族化が進んで、家族の定義もあやふやになってきていて、一緒に暮らす人なのか、血縁関係のある人は全部なのか、何親等まで入れるのか、はっきりとした指針はないようです。そのため、人工呼吸器を付けますか?などという課題を誰がどうやって議論するかも状況によりけり、と言う事になります。
 と言う訳なので、医療の進歩と人々の認識や期待とがかみ合っていないのが背景にあると思いますし、どんな病気や状態でも進歩した医療なら何とかなるさ、という過剰な期待も間違いのもとですし、医療提供側が仕切ってしまっても、後々問題になる事も多いので、非常にデリケートな部分になってきております。
 皆さんも自分が意識が無く自発呼吸もない状況で、人工呼吸器を付けている状態などは、考えてみたくもないとは思いますが、そうしてでも生きたい理由があれば、それも有りかと思います。長い間闘病すれば家族に迷惑がかかる事が予想されそうな時には、人工呼吸器は遠慮します、と言って置いても良いのかもしれません。
 いずれにしても、以前あったような国民的なスタンダードや気休めだけの医療というのは存在しない訳ですので、自分なりにこう生きたい、というスタイルを周囲の家族や仲間に知らせておく事も重要になってきそうです。
 ちなみに、自分の未練としては、釜石シーウェイブスがトップリーグに上がるまではいなくなれない、と言う命題がありますし、最近出来た孫達が大きくなるのを見たい、と言うのもありますし、病院のあとを引き受けてくれそうなドクターもまだ見つかっていないので見つかるまでは頑張りたいし、そう簡単にあきらめる訳にはいかないなーと言う所でしょうか。
 いずれ、どう生きたいかというのは、時間や周囲の状況と共に変わるものですので、常に周囲と生き方について情報共有を行う事が大切なようです。どうしても、死に方について聞きたくなるのですが、聞かれた方にしてみれば不愉快きわまりないので、もめてしまうようですので、どう生きたいのか、と言うテーマで盛り上がる事が大切なような気がします。 釜石SWがトップリーグに上がったら死んでも良い? 次は優勝するまで頑張る?

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